〜 第七弾 〜  みずうみ
シュトルム 著 岩波書店

「みずうみ」 シュトルム著

青春に特有の痛みは誰の胸の奥にも沈んでいて、時に浮かびあがってきては苦くもあり甘酸っぱくもある感慨を催させるのではないだろうか。

筆者は「みずうみ」に格別な思いを持っている。たまたま生家にあったシュトルムの短編集を読んだのは中学時で、嬉しいことにその中の「みずうみ」が高校の英語講読の授業で採りあげられた。通っていたのは女子高、「みずうみ」を選択なさった英語の先生は、新任、独身、男性、だった。図に乗りやすい生徒達にからかわれてすぐ真っ赤になる先生は、しばらくして結婚された。ドアにはさんだチョーク消し落としという古典的祝砲を浴びた先生は、黒板に大書された「おめでとう!」の文字と性悪な生徒どもの歓声に火事場の金太郎と化しながらも、Thank you very much for your kind attentionとにこやかに一矢報いてくださった。もうひとつは、旧友にまつわる思い出だ。筆者が「みずうみ」を話に持ち出した際、この友達が放った簡潔な一言は忘れられない。「あれを言葉にするのはやめようよ」。
のちに古文の教師となり歌を詠むようにもなった彼女は、当時、学校側が勝手に応募した読書感想文コンクール(正式名称は失念)で文部大臣賞に選ばれたことをいたくカッコ悪がっていた。「だって、あれ『走れメロス』の感想文なんだもん」と口をとがらせた文学少女は、単なる優等生ではなかった。

前振りが長くなってしまう悪い癖はこのくらいにして、「みずうみ」はシュトルムの出発点が詩であったことを頷かせる作品だと申しあげたい。
ひたすら抒情的なこの物語は、水彩画に輪郭線を排除したダ・ヴィンチのスフマート技法を適用したような情景、を筆者に思い起こさせる。登場人物のありようは現代の若者にはウケないだろうが、「電車男」の人気を考えると、そうとも言い切れない。また、ネット上にはヒロインと母親の関係を冷徹な目で論じたサイトがある。ま、そうしたことはともかく、ラインハルトとエリザベートという名前や、湖のほとりの館をラインハルトがそっと立ち去ろうとするのに気づいたエリザベートの口を突いた「もう二度とおいでにはならないのね」・・・You’ll never come back again. I know you’ll never come back againというリフレインは、長い時を経たいまも筆者の脳裏には哀切にこだまする。
さて、旧友の一言を尊重し、「みずうみ」のことを語るのはこの辺でやめさせて頂くことにしよう。

by キャットウーマン

 

 

○私もひと言 。
キャットウーマンさん、投稿ありがとうございました。
実は今回の投稿は7月に頂いていたのですが、諸々の事情により掲載にこれほど時間がかかってしまいました。
お詫び申し上げます。ページ作成担当者

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